《自宅を訪ねると、ゴルフのドライバーを手に素振り中。しかし、こちらの問いかけには一切応じることがなかったのである》――。テレビ朝日の報道番組「報道ステーション」の桐永洋チーフプロデューサー(CP、現在更迭)による女性アナウンサーへの"キス・セクハラ"問題を報じた「週刊新潮」(9月12日号)。同誌の直撃取材に"完全無視"を決め込んだのは、齢75、テレ朝の早河洋会長兼CEO(最高経営責任者)である。
本日9月10日発売の写真週刊誌「フラッシュ」でも、記者に一瞥をくれることもなく、無言のままハイヤーに乗り込む早河会長の写真が掲載されたが、そのタイトルは《恐怖の独裁》である。早河会長のテレ朝支配が"恐怖"であるかどうかは置くとして、今回の桐永CPのキス・セクハラのみならず、局の不祥事に際して、この最高実力者の肉声が伝わってくることはほとんどない。早河氏にとっては先輩格に当たる"お台場の首領"ことフジテレビの日枝久相談役が、曲がりなりにも雑誌取材に応じるのとは対照的だ。
ところが、今年2月、そんな早河氏が相好を崩すような一幕があった。テレ朝開局60周年記念式典である――。小誌「ZAITEN」は2019年5月号(同4月1日発売)で《テレ朝・早河会長「ワンマンショー」誌上中継》(ジャーナリスト・濱田博和氏寄稿)と題し、式典の一部始終を詳報。今回は同レポートを公開したい。
なお、下記URLの通り、小誌ブログではテレ朝関連記事を無料公開しています。こちらもぜひともご覧ください。
・【9月4日公開】
テレビ朝日・報道ステーション"キスセクハラ"プロデューサーの素顔(1)
・【9月5日公開】
テレビ朝日・報道ステーション"キスセクハラ"プロデューサーの素顔(2)
・【9月7日公開】
テレビ朝日・報道ステーション"キスセクハラ"プロデューサーの素顔(3)
・【9月12日公開】
テレビ朝日・政治記者の知られざる実像
式典に先立ち「テレビ朝日稲荷」を拝礼する早河会長
(テレ朝社報「tv asahi press」19年5月号より)
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さる2月4日。暦の上の春を迎えたこの日、東京・六本木ヒルズのテレビ朝日本社から程近い、同社直営のライブハウス「EXシアター六本木」に、部長級以上の社員やグループ会社幹部、さらには系列局の代表や広告代理店幹部らが集まった。業務を外れても支障のないテレ朝の一般社員までが参列を求められ、着席で最大920人を収容できる場内は熱気に包まれていた。
2013年11月開場の同シアターは、スイッチを押すだけで座席を巻き取るロールバックチェア方式を採用し、立ち見なら1746人を収容可能。09年6月に同社初の生え抜き社長(14年6月からは会長兼CEO=最高経営責任者)に就任以来、10年の長きにわたってテレ朝グループに君臨する〝ドン〟早河洋(75)ご自慢のハイテク施設だ。早河が六本木ヒルズの本社周辺に構築を目指す「メディアシティ」の一翼を担っている。
そのEXシアターでこの日午前11時から催されたのが、1959年2月1日に本放送を開始したテレ朝(当時は日本教育テレビ)の「開局60周年記念式典」だ。参列した若手や中堅の社員を「テレ朝はここまで個人崇拝の会社だったのか」と驚かせた「早河万歳=マンセー」式典の一部始終をダイジェストでお送りしよう。
その前に開局60周年を迎えたテレ朝の現状をおさらいしておく。
女子アナはまるで「喜び組」
〝万年民放4位〟と揶揄された同社の視聴率は昨18年、全日帯の年間平均で7・7%の2位(ビデオリサーチ調べ・関東地区)。トップの日本テレビにわずか0・2ポイント差にまで肉薄し、3位のTBSとは1・4ポイント、4位のフジテレビとは2・0ポイントもの大差をつけている。また、同年10月クール(10~12月)の全日帯は7・8%と、5年半ぶりに日テレから1位を奪取した。
この好調ぶりを支えるのが、プライム帯(19~23時)放送のドラマ群だ。10月期の連ドラで全局1位の『リーガルV~元弁護士・小鳥遊翔子~』(10月クール平均15・8%)、2位の『相棒season17』(同15・5%)が大きく貢献、長寿ミステリー『科捜研の女』(同12・5%)も健闘している。
だが肝心の業績は低迷が続く。減収減益を記録した19年3月期第3四半期(18年4~12月)は売上高、営業利益とも4位のまま。トップの日テレとは売上高で約902億円、営業利益で約234億円の大差をつけられ、視聴率の絶好調ぶりが業績に反映されない体質は一向に改善が進まない。
とは言え、やはり視聴率ですべてが決まるのがテレビ局というものだ。あるテレ朝幹部は「万年4位の指定席を脱して、トップに肉薄する2位にまで押し上げた早河会長は昨今、卓越した経営者を自任するようになり、角南源五社長(62)ら側近のすり寄りぶりも一段と露骨になっている。開局60周年記念式典で早河会長を〝神格化〟する演出は、それを端的に物語っている」と話す。
では、EXシアターの式典会場に戻ろう。シアター内の広いステージ上には客席から向かって上手前方に演台が据えられ、その壇上を丈の低いカラフルな花が覆う。演台後方にもピンク中心の豪華な花。ステージ後方の壁には巨大な横長のスクリーンが投影され、その両脇のブルー地に「60」の文字が浮かび上がる。
司会進行役は視聴率好調の早朝の情報番組『グッド!モーニング』でMCを務める坪井直樹と松尾由美子。ともに早河お気入りのベテラン局アナウンサーだ。
式典のメインイベントとなる早河の「開局60周年記念講演」に先立ち、ポップな衣装で統一した同局の若手女子アナたちが登場。テレ朝の社歌など複数の楽曲を歌いながら、軽快なダンスを披露した。これを見た参列者の一部からは「何だか北朝鮮の『喜び組』みたいだ」と失笑が漏れた。
続いてステージ後方の巨大スクリーンに映し出されたのは、テレ朝60年の歴史を回顧するVTRだ。その中では『相棒』の水谷豊、『リーガルV』の米倉涼子、『科捜研の女』の沢口靖子、『TVタックル』のビートたけしなど、テレ朝の主要番組の主役を務める芸能人が次々と登場して祝辞を述べていく。
「早河会長、60周年おめでとうございます。今日の私があるのも、早河会長のお陰です」――。つまり、彼らが一様に賛美したのはテレ朝という会社ではなく、今も番組の主要出演者に関する最終決定権を握り続ける早河個人だったのだ。これを見てドン引きしたという若手社員が嘆く。
「いくら会長とはいえ、一個人をそこまで神格化して見せるのは、普通の会社でも異常。『これほど個人崇拝の会社だったとは......。この会社にいても大丈夫なのか』と、先行きが不安になりました」
北朝鮮の最高人民会議か
さて、いよいよ式典のメインイベント、早河の講話が始まる。仕立ての良いスーツに白いシャツ、薄いグリーンのネクタイ姿。英国の作曲家エルガーの有名曲『威風堂々』が流れる中、スポットライトを浴びながら赤絨毯の上を颯爽と歩いて登場した早河は、テレ朝が出資する「新日本プロレスリング」のスター選手と見紛うばかりの迫力である。
花に覆われた演台にセットされた椅子に着席し、進行役から「社員の総意として、会長の話を承ります」などと持ち上げられた早河は、A4の紙27枚に大きめの文字サイズで印刷された約1万1千字の講話を読み上げていった。テレ朝の開局式典にもかかわらず、ステージ上にいるのは早河ただ一人。完全なるワンマンショーだ。
講話の内容は、文字やグラフとなって巨大スクリーン上に逐一投影されていく。スクリーンにはそれだけでなく、読み上げる早河の表情のアップや、長年低迷を続けた視聴率を2位にまで引き上げた「我らがヒーロー」のお話を有難く拝聴している参列者の姿まで、折に触れて映し出された。巨大なアリーナで行われるコンサートさながらの映像演出は、さすが本職のテレビ局のスタッフである。
参列したある中堅幹部は「早河会長は北朝鮮の最高人民会議の金正恩(朝鮮労働党委員長)、もしくは中国の全国人民代表大会(全人代)の習近平(国家主席)にしか見えなかった。演出の担当者は、会長を新興宗教の教祖とでも見せかけようと考えたのかも知れません」と苦笑する。
そして講話冒頭で早河が語った若き日の回想はいみじくも、85年10月の『ニュースステーション』(Nステ)の放送開始以来、「権力に物申すテレビ局」と認識されてきたテレ朝の現状と未来を示唆するものだった。関連個所をほぼ原文のまま引用しよう。
「私自身がテレビを志したのは大学時代に放送研究会に所属し、ドラマの脚本を勉強したのが大きなきっかけです。2年の時、初めて書いた脚本が20大学のドラマコンクールで、今で言えば橋田寿賀子さんのような大御所審査員に〝脚本はこれが一番〟と褒められ、学業成績が悪かったこともありまして、テレビを選択したわけです」「入社前にアルバイトをしていた日本テレビで、当時人気絶頂のエンターテインメント番組『シャボン玉ホリデー』を覗いたり、入社後は日本初のワイドショー『木島則夫モーニングショー』で働いたりと、若かりし頃のこの3種類の体験が後の私のテレビ人生に大きな影響を与え、番組をいろいろな角度から見られるようになり、テレビという世界の広がりや奥深さを学ぶことができた」
報道番組はワイドショーか?
ここに早河というテレビ人の原点が凝縮されている。もともと脚本家志望だった早河はここで、自らが根っからのエンタメ志向であることを、巧まずして告白しているのである。Nステの初代局プロデューサーを務めたはずの早河が重視する報道番組の要素とは「ニュースとしての新鮮さ」や「ニュースの核心にどれだけ切り込めるか」などではなく、「表面的にいかに面白いか」に尽きている。
換言すれば、早河にとっての報道番組とはニュースの本質をどう伝えるのかではなく、ワケ知り顔の評論家や芸能人らがニュースを材料に「ああでもない、こうでもない」と面白おかしく語り合うワイドショー路線のことなのだ。
「こんなエンタメ志向の早河会長が君臨し続けるテレ朝に、報道機関としての責任を期待したところで土台無理な話。だから昨今のテレ朝が批判を浴びている、安倍晋三・自民党政権に対するすり寄り姿勢にしても、早河会長にとって大した問題にはならないのです」(テレ朝報道局元幹部)
早河の講話はこのあと(1)過去の悔恨を含むテレ朝の歴史、(2)自身が分析したテレビ離れの要因、(3)盟友のサイバーエージェント社長・藤田晋と協業する「AbemaTV」との緊密な連携の必要性―などとありきたりの内容に終始し、最後にこう結ばれた。
「60周年、還暦の本卦還りであり(中略)みんなで力を合わせ、新しい時代のテレビ朝日として生まれ変わりたい」
この〝本卦還り〟が、エンタメ路線のさらなる追求を意味することは言を俟たないだろう。式典に続いて午後零時半からEXシアター2階の屋上庭園で開催された懇親パーティーでは、テレ朝社外取締役で東映グループ会長の岡田裕介の音頭で乾杯が行われたあと、ニュースでリポートする若き日の早河や角南らのVTRが流され、結婚式の披露宴さながらの盛り上がりを見せた。早河は一連の〝マンセー演出〟にすっかりご満悦だったという。(敬称略。年齢等の表記は発売当時のまま)
記念式典で講演する早河会長の面持ち
(テレ朝社報「tv asahi press」19年5月号より)
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開局60年の"本卦還り"のテレ朝を見舞ったのは、野獣の如きCPのセクハラ事件だった。そういえば、還暦は厄年でもある。
なお、テレ朝側は上記レポート掲載の「ZAITEN」19年5月号発売後に、早河会長と職員に対する人身攻撃ないしいわれなき誹謗中傷、式典での発言が事実と異なる、番組出演者のビデオメッセージは会社に向けられたもので、早河会長を賛美したものではないなどといった内容の「抗議文」を小誌編集部に寄せている。ちなみに、本編上にある早河会長の講演時の描写は、テレ朝社内で公開された映像に基づいている。