この放送局のコンプライアンス意識はどうなっているのか。
10月16日、突如、夕方の報道番組「スーパーJチャンネル」(SJ)で仕込み、有り体に言えば"やらせ"演出があったことを白状したテレビ朝日。自ら会見を開いたことで、これまで再三再四メディアで叩かれてきた、その不祥事体質と隠蔽癖への反省からとも思われたが、然に非ず。情報提供者からテレ朝に課された"デッドライン"に慄いた末の公表という、何とも後ろ向きの判断だった。
とはいえ、SJでのやらせ問題では、曲がりなりにも、早河洋会長以下の処分が決定された。そこで翻って思い起こされるのが、8月末に発覚した看板報道番組「報道ステーション」チーフプロデューサー(CP)による番組スタッフを襲った鬼畜の如き"セクハラ事件"。しかし、この事件では当事者のCP以外には処分が下されておらず、経営幹部の責任は依然果たされていない。こうした処分の軽重にも、テレ朝局内の倒錯した力学が反映されていると言える。
そこで小誌「ZAITEN」では急遽、同問題についてのウェブ限定記事を公開する。寄稿は、これまでのテレ朝追及記事を手掛けてきたジャーナリスト・濱田博和氏である。
なお、下記URLの通り、小誌ブログではテレ朝関連記事を無料公開しています。こちらもぜひともご覧ください。
・【9月4日公開】
テレビ朝日・報道ステーション"キスセクハラ"プロデューサーの素顔(1)
・【9月5日公開】
テレビ朝日・報道ステーション"キスセクハラ"プロデューサーの素顔(2)
・【9月7日公開】
テレビ朝日・報道ステーション"キスセクハラ"プロデューサーの素顔(3)
・【9月9日公開】
テレビ朝日「報ステ」セクハラに沈黙する早河会長
・【9月12日公開】
テレビ朝日・政治記者の知られざる実像
・【9月30日公開】
テレビ朝日・報道ステーション「参院選報道お蔵入り」の深層
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看板報道番組『報道ステーション』チーフプロデューサー(CP、当時)の桐永洋による10数人の女性スタッフらへのセクハラや、平日昼間の情報番組『大下容子 ワイド!スクランブル』CP(同)の小林雄高によるパワハラなど、幹部社員の問題行動が続発するテレビ朝日で10月16日、今度は平日夕方の報道番組『スーパーJチャンネル』(SJ)の曜日企画コーナーで不適切な「仕込み」演出が発覚した。
同日会見した報道局担当常務の篠塚浩と広報局長の長田明は「仕込み、やらせと言われても否定できない。当社の番組に対する信用を著しく毀損する重大な問題」と謝罪。会長兼CEO(最高経営責任者)の早河洋と、放送当時社長だった取締役の角南源五が報酬の10%、篠塚が同20%を1カ月返上するほか、報道局長の宮川晶が10日間の懲戒停職となる処分も公表した。
だが、テレ朝社内では「確かにSJは報道番組だが、問題のコーナーは、業務請負契約に基づいて子会社の『テレビ朝日映像』(ViVia、村尾尚子社長)などに丸投げされた一種の"ワイドショー"枠。真実を伝えるべきニュース枠で起きた問題とはまるで重大性が異なる。それをあれほどの大事にして早河会長らの処分を発表しているのに、桐永の悪質なセクハラなど、相次ぐ社員の不祥事に経営陣が誰一人責任を取ろうとしないのでは辻褄が合わない」との不満が噴出している。
担当ディレクターは現役映画監督
SJの17時台の曜日企画コーナー(17時36~53分、一部地域を除く)で不適切な演出が行われたのは、3月15日(金)放送の「業務用スーパーの意外な利用法」。この枠はViViaが親会社のテレ朝から請け負い、2017年2月から不定期で放送されているという。この日はディレクターが「業務スーパー東新宿店」を定点観測し、珍しい買い物をしている個人客の意外な理由を紹介するというものだった。
この企画を18年3月から担当していたのが、Oという49歳の社外ディレクターだ。テレビ局などのメディア関連会社に人材を派遣する「クリーク・アンド・リバー」(東京都港区)からViViaに派遣され、今回を含めて13本を手掛けていた。問題の企画は2月27日から3月5日にかけて、Oが一人で取材していた。
会見で「映画監督の経験があり、俳優養成学校の講師を兼任していた」と説明されたOの名前を検索エンジンに入力すると、ウィキペディアに掲載されている肩書は「日本の映画監督・映画プロデューサー・脚本家・漫画原作者。都内の映画専門学校(注:ウィキペディア上は実名)や女子大(同)の非常勤講師も務める。日本映画監督協会会員」。CMなどの監督を経て00年6月に映画監督デビューし、これまでに6作品を監督している。「自分のやりたいものを撮る」ことにこだわる「異端な若手映画監督」と紹介されているものの、「ドキュメンタリー作家」との表記はない。要するに面白い映像作品をつくろうとこだわる、生粋の「映画監督」なのだ。
さて、問題の業務用スーパー企画に登場するのは(1)大量の焼きそば麺を購入する47歳の主婦、(2)8歳と5歳の子どもに"はじめてのおつかい"をさせる36歳のシングルマザー、(3)1キログラム入りのポテトマカロニサラダ2袋を購入した47歳のアルバイト男性、(4)歌手になる夢を持ち、冷凍と生のブロッコリーを大量購入してダイエットに励む28歳の女性――という4人のケース。(3)の男性と絡む女性を合わせると登場人物は5人に上るが、うち4人が俳優養成学校でのOの生徒で、1人はOの知人。つまり全員がOの知り合いという、典型的な仕込み演出だった。
今回の仕込み演出に関して、テレ朝は10月4日に匿名で情報が提供されたことを明らかにした。だが同社関係者によると、情報提供者から「10月15日までに何らかの措置を取らなければ、しかるべき対応を取る」とデッドラインを設定されたため、大わらわでO本人の事情聴取を含む内部調査が行われ、デッドラインから1日遅れの16日に何とか緊急会見に漕ぎ着けるドタバタぶりだった。
どう見てもシナリオ通りの演技
テレ朝の聴取に応じたOは「知人でありながら初対面を装った」ことを認める一方、「撮影日は教えたが、ロケ内容の打ち合わせも、現場での指示もしていない」などと弁明したという。本当にそうなのだろうか。
例えば(3)の男性の場合、以前このサラダを食べた直後に恋人ができる幸運に恵まれたため、購入したサラダを験担ぎで食べたあと、上野駅で職場の同僚女性に交際を申し込んで断られる。カメラはそのシーンを隠し撮りで収めており、その後、男性は「コスパのいい、おいしいもの(注:サラダのこと)を食べられたので、それでいいです」などと、商品を不自然に賛美しているのだ。会見後にこの映像を改めて確認したというテレ朝関係者が笑いながら話す。
「実際の取材現場で、ここまで"よくできた話"に遭遇する機会など、およそあり得ない。Oの知人の男女2人がシナリオに従って演技し、それをOが偶然を装って撮影したと考えた方がはるかに現実的です。Oは本職の映画監督で、登場した5人のうち4人は俳優養成学校の生徒。ストーリーのつくり込みには何の抵抗もないはずです」
また、(2)の女性も業務用スーパーを選んだ理由について「自分は常連客で子どもが店に慣れており、買い間違いが起きても低価格なので腹が立たない」と説明しており、どことなく宣伝臭が漂う。前出のテレ朝関係者は、このケースについても呆れ顔で話す。
「撮影は母親が店外で子どもに指示を与えるところから始まり、カメラが店内に入る子どもの後を付いて行きます。本当の取材だったら、店内で買い物をしている子ども2人に気づいたOが子どもに声を掛け、それから店外で待つ母親に取材を依頼する流れになるはず。これもOのシナリオに基づく演技以外の何物でもないでしょう」
Oは事情聴取に「登場した5人と業務用スーパーに謝礼は支払っていない」と答えたとされるが、果たして本当なのだろうか。
桐永・報ステ前CP処分時とは雲泥の差
放送前にこの企画を3度プレビューしたというViViaチーフディレクター、同プロデューサー、SJのテレ朝デスク、同プロデューサーはいずれも演出を不適切と認識しなかった。過剰演出や仕込みなどをしていないか自己申告するチェックシートや、番組が義務付けている取材対象者の顔写真・名前・連絡先も提出されていたことから、Oの企画は何の疑念も持たれないまま放送された。テレ朝報道局幹部が真相を語る。
「実は3月の放送終了後間もなく、報道局内で『あのVTR、おかしくなかったか?』と疑う声が上がり、Oの事情聴取も行われましたが、本人が否定したため、沙汰止みになりました。確かにSJ自体は報道番組ですが、あの企画枠はViViaに丸投げの上、ごく限られた関係スタッフがニューススタッフの作業スペースに顔を出す機会もないので、局内では報道の企画とは見做されておらず、オンエアを真剣に見ている報道局員もほとんどいません。会見でも『この企画は報道枠ではないのでは』と的を射た質問が繰り返されましたが、篠塚常務らはなぜか報道枠であるとの主張を崩しませんでした」
Oは事情聴取に対して「思うように取材ができず、自信がなくなっていた。(生徒らに)明確な指示を出していなければ良いのでは、と都合よく解釈した」と釈明したが、テレ朝社内では「会見の内容だけで終わらないのでは」との見方が強い。大手広告代理店からも「スポンサーに対する説明が必要だが、会見で話した以上の内容が後から出ると、スポンサーの信用を失いかねない」と懸念の声が上がったという。テレ朝幹部が表情を曇らせて話す。
「生粋の映画監督であるOが制作した企画を、報道番組のSJで放送すること自体、チェック体制の甘さを指摘されても仕方がない。あの枠は所詮、報道局内では報道枠とは認識されておらず、番組幹部によるチェックもおざなりになっていたのではないか。あの枠は視聴率獲得が至上命題で、Oに対するプレッシャーは厳しかったはず。ストレスに耐えかねて、映画の感覚で撮影したのでしょう。SJ金曜17時台の企画枠は打ち切られ、今後はOが担当した別の企画に問題がなかったのか検証されるようですが、歌舞伎町潜入ものなども担当しているので、仕込みが常態化していたのではないかと心配です」
この問題を受けて、テレ朝では前述した早河らの処分のほか、ViVia社長の村尾が報酬返上、同社常務の青木吾朗が報酬返上の上、制作局担当を離れ、両社の関係者にも処分が下されるという。
報ステCP(当時)という幹部社員の桐永が8月末、同番組に出演している局アナの森葉子や、同番組の女性スタッフら合わせて10数人にセクハラ行為を働きながら(桐永自身は3日間の謹慎とBS朝日への出向)、早河や篠塚、それに宮川には何のお咎めもなかった事態に比べると、文字通り「雲泥の差」である。
「今回の対応はどう見ても、情報提供者の"恫喝"に恐れをなした経営幹部の過剰反応。しかもOディレクターは人材派遣会社から子会社のViViaに派遣された外部の人間に過ぎない。それに比べて幹部社員の桐永のセクハラ行為は、強制猥褻罪に問われかねない悪質なレベル。桐永に対する軽すぎる処分や、桐永を報ステCPに任命した責任のある早河会長に対する不満は、今も報ステ内で燻っていると言われます」(テレ朝元幹部)
いずれにしても相変わらず問題山積のテレ朝報道局。局長の宮川が同局員宛てメールで強調した「テレビ朝日報道の信頼回復」の道程は容易なことではなさそうだ。(敬称略)
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桐永CPのセクハラ事件を受け、早河会長の肝いりで「ハラスメント問題対策会議」が立ち上げられたというが、それ以前に求められるのが、経営陣の処分と事実の追究であることは言うまでもない。その一助たるべく、小誌は2019年11月号掲載の《報ステセクハラCP「情実処分」の舞台裏》記事を近日、本ブログで公開する予定である。