2021年1月号

ブラック労働が日常の厚労省の「働き方」

『ブラック霞が関』千正康裕氏インタビュー

カテゴリ:インタビュー

2101_sensho.JPG                   千正康裕氏(編集部撮影)

午前七時、仕事開始。二七時二〇分、退庁----。「働き方改革」が叫ばれて久しいが、今やブラック労働の震源地は、「働き方改革」の旗を振る「霞が関」である。『ブラック霞が関』(新潮新書)を上梓した元厚生労働省キャリアが、霞が関の労働実態と提言を語る――。

―本書を上梓した動機を教えてください。

 2019年に18年半勤めた厚生労働省を退官しました。年金、子育て、働き方、児童福祉、医療など幅広い分野で法律改正などに携わり、政治家をサポートする秘書官も経験しました。退官の理由は、この2~3年ほどは加速度的に忙しくなり、組織全体としての余裕がなくなり、人員が足りない中で、管理職として新しいことをやろうとすることと部下を守ることが両立できなくなったからです。体調を壊す人や辞める人が増加し、厚労省・霞が関が崩壊するのではないかという危機感すら覚えるようになりました。

 メディアで「この状況を変えていくべきだ」と発信したり、省庁や政治家とも直接対話を続けてきましたが、最終的に変革を成し遂げるには世の中の人の後押しがないと難しい。本書は自分の経験を踏まえて官僚の実情をリアルに伝え、遠い存在と思われがちな官僚がどういう思いで仕事をして、それがどのように生活と関係しているのか、多くの人に知ってもらい、問題解決の後押しになれば、という思いで上梓しました。

―官庁の中でも厚労省はハードワークだとよく聞きます。

 厚労省は省庁の中でも特に忙しい省だと昔から言われています。しかし、前述したように本当にきつくなったのはここ数年。「一億総活躍社会」「働き方改革」「人生100年時代」「全世代型社会保障」、そして新型コロナウイルスと、厚労省が関連する案件が重なったこともひとつの原因です。さらにその上、障害者雇用水増し問題や毎月勤労統計調査の不適切調査などの不祥事が発覚し、どんどん疲弊しています。

 また、仕事量に対して職員数が圧倒的に少ない上に、官邸主導の影響もあります。かつて法律は3年あるいは5年に1回の見直し規定があり、法改正は計画的に行われていました。しかし、今は大きく速く政策が動くことが増えました。これは良いことだと思いますが、その分、官僚は働き詰めになります。例えば、児童虐待による死亡事件がたびたび報じられますが、このような事件はここ数年で極端に増えたわけではない。ところが、この4年で3回も関連の法律が変わっているのです。

 ただ、誤解して欲しくないのですが、「役所が大変だから政策スピードを落とせ」と言いたいのではありません。速く大きく政策を動かすための体制作りを政府が行うべきだと言いたいのです。

 また、国会対応も官僚の負担となっています。前日夜に議員からの質問の通告が来ます。そのため官僚は夜中に答弁を作り、早朝に大臣に説明し、修正があればすぐに行う。いつ夜中の仕事が来るか分からない状態が毎日ずっと続いているわけです。業務量に対して職員数が足りないから、一人あたりの労働時間を増やすことで吸収しようとするので、忙しい人はずっと忙しいという状態になる。

 一方で皮肉なことに、法律改正や労基署の監督強化もあり、官僚志望者が就職するような大手企業はホワイト化してきています。私の入省当時は民間企業もブラックだったので、自分たちが特別異常な働き方をしているとは思っていませんでした。しかし今は民間と霞が関の格差が大きい。これが離職や採用難につながっています。

 19年夏に厚労省の若手チームが省内の働き方改革に関する緊急提言を行ったのですが、そこでの「厚労省に入省して人生の墓場に入ったと思っている」という職員の声は話題となりました。

―霞が関に「このままではマズい」と言う声はないのですか?

 改革への認識は霞が関、永田町では広まっており、世間でも一定の人は知り始めました。私は、霞が関で変えるべきは大きく3つだと思います。1つ目はペーパーレス化、システム化、外注などで余計な仕事を減らすこと。2つ目は偏在をなくすこと。厚労省はコロナ対策で限界を超えていますが、全ての役所がそういうわけではありません。比較的落ち着いている部署もある。業務量に合わせて柔軟に人員を割り振るべきですが、ここにも行政の縦割りがあります。公務員を増やすべきという意見もありますが、偏在を放置したまま増やせばコストが上がるだけ。業務量に対してバランスが取れているか検証すべきです。

 そして3つ目が本丸で、「国会改革」です。表舞台だけ見ると、大臣はペーパーをただ読んでいるだけのように見えますが、事前に官僚のペーパーをもとに大臣と議論をして修正指示を受けたメモを大臣は使います。この過程が政策を動かすためには重要なのです。

 一方で、政策から離れた話、例えば日本学術会議の任命拒否問題や「桜を見る会」問題などは政治家が説明すべき案件です。野党合同ヒアなどで官僚が追及されますが、官僚には答える権限がないので、与野党のケンカに〝巻き込まれてしまっている〟と感じます。

 与党にしろ野党にしろ、政治家はもっと国民の方を向くべきです。野党は失点を狙うために与党を追及し、与党は野党の追及を突っ撥ねることばかりで、国民に対しての説明が足りず、結果、官僚の負担が増えて省庁が疲弊する。日本が崩壊しないため、みなさんには政策を作る機能が再生するよう応援して欲しいです。

『ブラック霞が関』新潮新書/¥780円+税

せんしょう・やすひろ―1975生まれ。慶応義塾大学法学部卒。2001年厚生労働省入省。社会保障・労働分野で八本の法律改正に携わり、インド大使館勤務や秘書官も経験。19年9月退官。株式会社千正組を設立し、コンサルティングを行うほか、政府会議委員も務める。

購読のお申し込みはこちら 情報のご提供はこちら
関連記事

【著者インタビュー】『旧統一教会 大江益夫・元広報部長懺悔録』

【インタビュー】マスコミ批判の源流は「新左翼系総会屋雑誌」

特ダネ記者「放言座談会」

佐高信 vs. 西谷文和「維新は失敗必至の万博を推し進める〝半グレ集団〟」

読売新聞「続・関係者驚愕座談会」まだまだあるぞ「仰天エピソード」

「日本の農業を外資に売り渡した小泉進次郎」元農林水産大臣 山田正彦

特ダネ記者「放言座談会」

【著者インタビュー】日本はどこで道を誤ったのか

佐高信 vs. 本間 龍「日本に蔓延る電通という〝毒饅頭〟」

読売新聞「関係者驚愕座談会」本誌が報じてきた〝ヤバすぎる〟エピソード