2021年01月号
「ハラスメント」の相談件数が増加する背景
【特集・ハラスメント】専門弁護士が警鐘「"チャン付け"もセクハラの可能性」
カテゴリ:インタビュー
三菱UFJ信託銀行の連結子会社のひとつに、同行の顧客や株主たちへの郵便物発送・受信管理業務を請け負う「三菱UFJ代行ビジネス」がある。さる10月22日、同社において男性上司から女性社員に対して行われたセクシャルハラスメントが、2020年2月に立川労働基準監督署により労災認定されていたことが被害者の代理人弁護士の会見で発覚した。
被害を受けたのは当時入社2年目の20代社員A子さんで、セクハラをしたのは彼女の所属部署で最上位の「ライン長」を務めていた50代社員。三菱UFJ代行ビジネスは女性職員が多く、男性職員は基本的に親会社からの出向組であり、このライン長も例外ではなかった。
ライン長は既婚者でありながらA子さんに恋愛感情を抱き、その感情をメールなどで本人に執拗に告白。さらに食事や旅行へもしつこく誘ったほか、A子さんの退社時間に合わせて自分も退社し、彼女が自宅最寄り駅に着くまでつきまとい、話しかけるといったストーカーまがいの行為も繰り返した。ライン長のこれらの言動に悩まされたA子さんは会社の人事課などに相談したものの、相手にしてもらえず職場で孤立。やがて不眠、吐き気などの症状を訴えるようになって、重度ストレス反応、および適応障害と診断された。
A子さんの代理人を務める旬報法律事務所の蟹江鬼太郎弁護士によれば、本件のような「身体的な接触」を伴わないセクハラで労災認定されるケースは珍しいという。では、認定の決め手は何だったのか。
親会社では日常茶飯事?
「ライン長からのセクハラの悪質さもさることながら、会社側の事後対応の酷さも立川労基署は重視していたと考えられます。A子さんはライン長からセクハラを受けるようになった3カ月後には会社の人事課の次長に相談し、ライン長を異動させて欲しいと求めたのですが、次長はA子さんの証拠のメールを見ようともせず、『ライン長はそんなことをする人じゃない』『あなたも悪い』などとライン長を庇ったほか、『親会社ではこのようなことは日常茶飯事だ』『身体的な接触がなかっただけあなたはマシだ』など問題を矮小化する態度に終始しました。そして、A子さんがその後もライン長の異動を懇願すると、会社は最終的にライン長ではなくA子さんを不人気部署に異動させようとしたのです」(蟹江弁護士)
同弁護士によれば、三菱UFJ代行ビジネスはA子さんが重度ストレス反応と診断されて出勤困難になってからも、上司らが彼女を自宅最寄り駅まで呼び出して「こんなことで会社に行けなくなってしまうんじゃダメだ」と難詰。
さらに、A子さんに断りもなく、事の経緯を彼女の父親に教えてしまったこともあったという。ハラスメント発生時における「やってはいけない対応」のオンパレードだったのだ。
厚生労働省が20年7月に公表した「令和元年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると、19年度に全国都道府県の労働局などに寄せられた総合労働相談件数は118万8340件で、その内訳を見ると、民事上の個別労働紛争の相談件数では「いじめ・嫌がらせ」が8万7570件(前年度比5・8%増)で、8年連続で首位となっている。パワハラ、セクハラをはじめとしたハラスメントの相談が年々増加傾向にあることは間違いない。
「古い感覚」が命取りに
もっとも、相談件数が増えていることが、すなわち日本社会におけるハラスメントの増加や悪質化を意味しているとは限らないという。蟹江弁護士とともにA子さんの代理人を務める小野山静弁護士が説明する。
「相談件数は、かつてならば泣き寝入りするしかなかった被害者たちが容易に泣き寝入りしなくなったことも一因となって増えている可能性があります。例えば妊娠した女性社員を解雇・雇い止めにすることをひとつの典型例とするマタハラ(マタニティ・ハラスメント)は、一昔前の日本社会ではハラスメントであるという認識さえ持たれないままに横行していました。被害者が被害を自覚できるようになり、声を上げやすくなったという意味では、相談件数の増加は悪いことではありません」
とはいえ、働く側の権利意識向上は、雇用側の企業からすれば被害を訴えられるリスクが増大したということを意味する。その際に三菱UFJ代行ビジネスのようなズレた対応で事態をこじらせないためにはどうすればいいのか。
蟹江・小野山両弁護士によれば、「ハラスメント研修を充実させる」「相談窓口を機能させる」という2点が、ハラスメントを未然に防ぐためにも、また事態を深刻化させないためにも重要だという。
「例えば、男性同士でも上司・先輩が部下・後輩を風俗店に無理やり誘えばセクハラになってしまうように、中高年以上の世代が『男同士の連帯』だとか、通常のコミュニケーションの範疇と見なしがちな言動でもハラスメントに該当する例はたくさんあります。
三菱UFJ代行ビジネスの事件でも、加害者のライン長が被害者に対して私的なメールの中で『A子ちゃん』とファーストネームで呼んでいたことが労災認定のポイントの一つになりました。外資系企業のように上司・部下、男性・女性の隔てなく互いをファーストネームで呼び合う文化がある職場なら別ですが、普段は苗字で呼び合っているような職場で、特定の部下だけ名前で呼べばアウトになりえます。そういう認識のズレによる不幸は、しっかりとした研修を行なうことによって、ある程度は未然に防げます」(小野山弁護士)
「ハラスメントの訴えがなされた場合に適切に対応し、被害が拡大・深刻化しないようにすることも相談窓口の重要な仕事です。訴えがあったら、まずは予断なく、双方の訴えを公平に聞くことで事実関係を明らかにする。事実関係が明らかになるまでは、自宅待機なども含めて当事者たちを物理的に引き離し、同じ空間に居合わせずに済むようにすることも必要です」(蟹江弁護士)
「相談窓口」「研修」はいずれも6月に施行されたハラスメント規制法の条文に書かれているが、昔ながらの感覚のまま「お上が決めたから」と形を整えるだけではハラスメントが企業の命取りになりかねない。