ZAITEN2021年9月号
無謀な計画に突っ走る 想像力なき「国策民営」の超危険
【著者インタビュー】『リニア新幹線と南海トラフ巨大地震』石橋克彦
カテゴリ:事件・社会
『リニア新幹線と南海トラフ巨大地震 「超広域大震災」にどう備えるか』
集英社新書/840円+税
石橋克彦
いしばし・かつひこ― 1944年生まれ。神戸大学名誉教授。東京大学理学部地球物理学科卒業。理学博士。専門は地震学、歴史地震学。原子力安全委員会専門委員、国会東京電力福島原子力発電所事故調査委員会委員などを歴任。 著書に『大地動乱の時代─地震学者は警告する』(岩波新書)、『阪神・淡路大震災の教訓』(岩波ブックレット)、『原発震災─警鐘の軌跡』(七つ森書館)、『南海トラフ巨大地震─歴史・科学・社会』(岩波書店)など。
―本書を上梓したきっかけ、動機を教えてください。
リニア中央新幹線の大問題は地震に対する危険性ですが、それを述べた本は1冊もありません。私は10年前から心配していましたが、短い文章で指摘するだけでした。ところが去年、コロナ後の日本にリニアは不要ではないかと強く感じて、雑誌や新聞に「リニアは地震に弱い」ことと「ポストコロナではリニアは時代錯誤」ということを書きました。それを詳しく説明して多くの方々に読んでいただこうとしたのが本書です。 品川・名古屋間の2027年開業を目指すリニア新幹線は民間のJR東海の路線です。11年の東日本大震災と福島原発事故の2カ月後に、国土交通省の審議会で計画が認められました。しかし、地震に対する安全性はまったく検討されなかった。実は私は1997年以来、原発が地震・津波で事故を起こし、放射能災害と通常の震災が複合する「原発震災」という概念を提起して警告していました。それが福島で起きてしまったのでショックでした。そこへリニアが現れたので、原発と同じことになるのではないかと危惧したのです。 JR東海は「リニアは地震に強い」と主張していますが、そのルートは地球上で最も地震危険度が高い地帯です。路線の約86%がトンネルで、活断層を何本も横切ります。それらが大地震を起こせば、トンネルが何㍍か食い違って、列車が巻き込まれれば大惨事になるし、そうでなくても路線は完全に破壊されます。トンネルであるために、乗客の救出も路線の復旧もきわめて困難でしょう。
―リニア中央新幹線は東海道新幹線が南海トラフ地震で被災した際に必要といわれます。
南海トラフ巨大地震が起こればリニア新幹線も被害を免れないでしょう。甲府盆地や名古屋付近の長時間の激しい揺れ、山岳トンネルの破砕帯の損壊・出水や坑口の山崩れなどが懸念材料です。糸魚川―静岡構造線断層帯が連動して路線を破断するかもしれません。 また、地震が起これば全列車が緊急停止して全乗客が避難することになりますが、トンネルの随所で大混乱するおそれがあります。最悪の場合は救出も復旧も困難で、多数の死者・行方不明者とともに震災遺構になりかねません。
―国も企業も「国民の命より経済」「一度決まったものは止められない」という姿勢が顕著です。
リニアに関しては、そもそもJR東海や国土交通省が乗客の安全を真剣に考えなかったのが致命的な手落ちです。国土交通省の審議会には地震の専門家がおらず、関係者に想像力が欠落していたのだと思います。都合の悪いことは考えない、起きて困ることは起きないことにするといった、敗戦のときと同じ指導者の習性もあるみたいです。新型コロナ対策でも、東京オリンピック・パラリンピックでもそれが見られますが。
―リニアの危険性を報じないメディアにも問題があるようです。
リニア中央新幹線計画は早くから、需要予測や技術の信頼性に疑問がありました。計画が始まってからは、トンネル工事による水涸れや残土の問題、沿線住民の生活破壊なども深刻です。JR東海の不誠実さに堪りかねた住民が3件の訴訟を起こしています。しかし、大手メディアはそのようなネガティブな情報をほとんど報じてきませんでした。人々の夢に水を差すのをはばかるからともいわれますが、原発を「夢のエネルギー」と宣伝して推進に加担し、福島事故を起こしてしまった過ちを繰り返してはなりません。
―新型コロナ終息後もリニア新幹線は必要なのでしょうか。
コロナ禍から学んだことは、今後私たちは、経済成長至上主義による「集中・大規模・効率・高速」の論理ではなくて、「分散・小規模・ゆとり・ゆっくり」を大切にすべきということだと思います。リニア新幹線は東京・大阪間を1時間で結んで、人口7000万人の巨大都市集積圏を生むと謳いますが、それは時代錯誤ではないでしょうか。実際、ライフスタイルの変化や人口減少によってリニアの需要が減る可能性があります。しかも、脱炭素化社会を目指すべきなのに、在来型新幹線の3〜5倍の電力を消費します。 ポストコロナの日本は、南海トラフや首都直下の地震災害に対して社会全体が強靱にならなければなりません。激しい揺れや津波に強いだけではなくて、震災後の回復力を高める必要がある。私は、東京一極集中をはじめとする大都市集中を是正し、農林水産業を再生して地方を元気にして、分散型の社会にすべきだと思います。本書の第2部では、リニアの是非の背景としてそういうことを論じ、ワーカーズコープという新しい働き方なども紹介しました。 7月3日には静岡県熱海市で土石流災害が発生しましたが、すぐにリニア工事を思い浮かべました。土石流の起点の約5万立方㍍の盛り土が原因ではないかといわれていますが、リニアの工事で排出される土砂の量はその1000倍以上です。山間部ではそれを谷間に置く場合が多くて、土石流を招きかねません。乗客の命が失われるかもしれないトンネルを造り、その排出残土が土石流で住民の命を奪うかもしれない。こんな無謀なことをやっているのが「国策民営」のリニア事業なのです。
......続きは「ZAITEN」9月号で。