ZAITEN2021年10月号
リベラルの理想社会はリベラル思考では攻略不可能
【全文掲載】橘玲インタビュー『無理ゲー社会』
カテゴリ:インタビュー
なにかと生きづらさと不安を感じている現代の若者たち。そんな若者が将来に希望を持てるような処方箋は存在するのか――。『無理ゲー社会』の著者、橘玲氏に話を聞いた。
『無理ゲー社会』小学館新書/840円+税
――本書を上梓したきっかけ、動機を教えてください。
ネットメディアのインタビューで「最近の若者たちは人生を〝無理ゲー〟のように感じているのではないか」と述べたところ、若いライターや編集者から「あの言葉が刺さった」と言われました。若者たちは、自分たちが「攻略不可能なゲーム」を強いられていると思っているのです。
同じ頃、ある政治家がSNSで「あなたの不安を教えてください」とアンケートをとったところ、新型コロナの流行前にもかかわらず「早く死にたい」「苦しまずに自殺する権利を法制化して欲しい」という意見が殺到したことを知りました。この不安はいったいどこから来るのか、それを解き明かそうと書いたのが本書です。
――社会に対する「無理ゲー感」は、どこから来るのでしょう。
日本の場合、大きいのは超高齢社会です。若い人と話すと、必ずといっていいくらい、「どうせ自分たちは年金をもらえないんでしょ」と言われます。現役世代が支えなければならない高齢者の数が多すぎて、自分たちが高齢者になる頃には社会保障制度は崩壊していると思っている。
日本人の平均寿命は延び続けていて、いまの40~50代の4人の1人は男でも101歳、女なら107歳まで生きるという予測もある。60歳で定年を迎えて、そこから老後が半世紀もあるという、ある意味SF的な未来が現実のものになりつつある。これで不安にならないほうがおかしいでしょう。
年金がゼロになるようなことはないと思いますが、不安の根底には日本の人口動態があり、これはどうやっても変えられません。すなわち、このゲームには出口がありません。
もうひとつ、現代社会がますます生きづらくなっているのは、「すべての人が自分らしく生きられる世界を目指そう」というリベラルの理想が実現してきたからです。人種や民族、性別、性的志向など、本人の意志では変えられない属性によって差別してはならないというのがリベラルの大原則で、これは当然のことです。ところが、組織を運営していくためには、採用や昇進で個人を評価しなければならない。その時、属性(アイデンティティ)を基準に選別・評価できないとするならば、あとは「能力」しかありません。これがメリトクラシーです。
メリトクラシーはイギリスの社会学者マイケル・ヤングの造語で、メリット(知能+努力)による専制のことです。メリットは学歴、資格、経験の形で数値化され、すべての個人が平等に評価される。これが「リベラル能力資本主義」で、自由な社会の必然的な帰結です。メリットを否定すると、人種や性別で評価するしかなくなってしまいますから。
しかしそうなると、より大きなメリット(高い知能)を持つ者が社会的・経済的に成功し、性愛を独占することになる。これが「モテ/非モテ」問題です。
――現代男性による無差別事件にも触れられています。出版後に小田急線刺傷事件が発生しました。
日本だけでなく欧米でも、収入の低い男が性愛から排除されていることはデータから明らかです。その結果、アメリカでは「インセル(非自発的禁欲主義者)」による無差別殺人が多発するという異様な現象が起きています。まさに「非モテのテロリズム」です。
電車内で女子大生など乗客10人に重軽傷を負わせたとして逮捕された30代の男は、「幸せそうな女性を見ると殺してやりたいと思っていた」「出会い系サイトでうまくいかず、勝ち組の女性を殺したいと考えるようになった」などと供述しているようです。殺意の対象を「幸せそうな若い女」と特定した、日本でははじめてのミソジニー(女性嫌悪)による無差別テロではないでしょうか。
一方、犯人の男は高校時代は成績優秀で女子生徒にも人気があり、大学を中退したあとはアルバイトをしながら「ナンパ師」を自称していたとされます。じつはアメリカでは、ナンパ師によるミソジニーが問題化しています。
ナンパ師はPUA(ピックアップアーティスト)と呼ばれ、女性を10点満点で評価して、くどいた女性の合計点を競います。そのためには何度もアタックと失敗を繰り返し、自分が相手を点数化しているにもかかわらず、拒絶されているうちに女性嫌悪や女性憎悪に結びついていく。
小田急線刺傷事件を起こした男は、最後は生活保護を受けながら家賃2万5000円のアパートに暮らし、万引きで生活していたと報じられています。これではどんな女性からも相手にされないでしょうから、まさにPUAのなれの果てです。
――「無理ゲー社会」に攻略法はないのでしょうか?
リベラルの理想が引き起こす問題を、リベラルな政策によって解決するのは原理的に不可能です。それでも、自分がどのような世界に放り込まれたのかは理解しておいたほうがいい。ゲームのルールすら分からないのでは、暗闇の中を歩き回るのと同じで、ものすごく怖い。社会への呪詛を募らせたり、陰謀論に陥るのも無理はありません。その上で読者一人ひとりが、自分なりの「攻略法」を見つけるしかないと思います。
◆プロフィール◆
たちばな・あきら―1959年生まれ。編集者を経て、2002年、経済小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。小説、評論、投資術など幅広い分野で執筆。著書に『臆病者のための億万長者入門』(文春新書)、『80'sエイティーズ ある80年代の物語』(太田出版)、『朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論』(朝日新聞出版)など多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)で17年新書大賞受賞。近著に『もっと言ってはいけない』(新潮新書)、『上級国民/下級国民』(小学館新書)、『スピリチュアルズ』(幻冬舎)など。