ZAITEN2021年11月号

後藤逸郎インタビュー

後藤逸郎インタビュー 政争の具に堕した「亡国の東京オリンピック」

カテゴリ:インタビュー

亡国の東京オリンピック書影.jpg『亡国の東京オリンピック』(文藝春秋)

 東京2020オリンピック・パラリンピック大会が新型コロナウイルス感染拡大下で強行開催されました。日本人選手のメダルラッシュに沸いた最中、国内の1日当たりの新型コロナ感染者数は過去最高を更新し続け、「安全・安心」のお題目を繰り返してオリンピック開催に執着した菅義偉首相が退任を表明したことで、東京オリパラは遠い過去の出来事として消化されたかのようです。  しかし、国民が東京オリパラのツケを払うのはこれからです。新型コロナ対策や無観客試合などで大会組織委員会の収支は赤字が確実で、都民や国民負担が増えるのは避けられません。新型コロナ感染者は9月中旬に減ってきたものの、オリンピック期間中にウイルスは次の感染爆発の〝種〟として、全国に散らばりました。

 ワクチン接種の進展が変異種の再流行を防ぐことが出来るのか、予断を許さない状況は変わりません。オリパラ選手から重症者や死者が出なかったことは不幸中の幸いですが、政府や東京都、組織委、そして国際オリンピック委員会(IOC)が確証を示して大会に臨んだわけではありません。安倍晋三前首相と菅首相が掲げた「人類がウイルスに打ち勝った証」はどこにもありませんでした。  彼らがオリパラを何が何でも開催した理由は何だったのか。IOCの魂胆を知らない日本人はいないでしょう。テレビ放映権料と選手の感染リスクを天秤にかけ、収入確保をIOCが優先したのは明らかです。日本国内の感染状況など、自分たちの知ったことではないということは、バッハ会長が「銀ブラ」で証明してくれました。

旧国立競技場こそレガシー

 では政府や都、組織委はどうでしょうか。日本人選手のオリパラでの活躍の勢いで、総選挙を戦い、再選を目指したとされる菅首相の思惑は外れました。菅首相の後ろに隠れるかのようだった小池百合子知事はコロナ対応の鈍さを厳しく批判されています。組織委は感染した選手や国名を非公表とし、開会式を巡る不祥事などで、国民の神経を逆なでし続けました。  良くも悪くも分かりやすいIOCと異なり、開催国の主催者が国民の不安を振り切って、遮二無二オリパラを強行開催した理由は表からは見えにくいものです。  この裏のメカニズムを、理念なき政治、行政がオリンピックを錦の御旗に建てなければ、施策を実行できない「永遠の発展途上国」の姿を描いたのが『亡国の東京オリンピック』(文藝春秋)です。世界中で感染爆発し、収束が見通せないのに、ろくな感染対策をとらず、オリパラを強行開催した日本の政治、行政は国を亡ぼすと考えたことが上梓のきっかけです。  その亡国の所業の筆頭が、新国立競技場建設を巡る経緯です。  バッハ会長は2013年の就任後、「レガシー(遺産)」という言葉を盛んに使い、オリンピックは一過性のイベントではなく「スポーツの祭典」「平和の祭典」としての運動であり、その成果であると訴えてきました。ならば、1964年の東京大会が開かれた旧国立競技場こそ、日本にとってのレガシーそのものでしょう。  しかし、国も都も、真っ先にこのレガシーを取り壊しました。国は跡地からはみ出す形で新国立競技場の建設を進め、都は風致地区だった一帯の高さ制限(15㍍)を緩和しました。その結果、新国立競技場のある神宮外苑地区は再開発区域となり、オリパラ後には高さ約190㍍のビルが建設される予定です。

日本人は五輪依存症

 選手村は今後、分譲マンションとして販売されます。一帯はバブル末期に都が開発を企画し、バブル崩壊後は塩漬けとなっていた埋立地です。いずれもオリンピックを錦の御旗とすることで、止まっていた開発を進めました。逆に言えば、オリンピックがなければ、政治も行政も現状変更できなかった現実があります。都市開発そのもののグランドデザインを示し、その是非を世論に委ねる。その能力、器量がないから、オリンピックを利用し、政治家の力も借りたのです。  だから、未知の感染症である新型コロナの感染爆発に対し、防疫を最優先する当然の論理を貫けず、過去の開発利権と貸し借りの調整が出来ないまま、なし崩しにオリパラ強行開催に走ったのです。  坂上康博・一橋大学大学院教授の調査によると、日本は1952年以降、オリンピック招致にかけた期間は58年4カ月に上ります。「オリンピック依存症」(坂上教授)ともいえる国家はまた、国内版オリンピックである国体を都道府県で開催することで、各地のスポーツ施設を整備してきました。スポーツを大事なものとして、正面から取り組むのではなく、錦の御旗を利用する日本のスポーツ行政の貧しさがここでも表れています。

 平時ならば「情けない」で済ましてきたメカニズムですが、有事である感染症対策で、国家が優先順位を調整できなかったのは致命的です。新型コロナが大会期間中に感染拡大し、オリパラ選手専用の医療機関を確保する一方、国民のうち10万人の感染者は自宅療養という名の「医療放棄」の憂き目にあいました。警察庁によると、8月に新型コロナにより自宅で亡くなった人は全国で250人と、7月の8倍にのぼり、今も医療崩壊と常に隣り合わせの状況は変わりません。  オリパラを政権浮揚と総選挙の追い風に考えていたとされる菅首相ですが、側近からの中止提案を拒み、強行開催したものの、想定した成果を得られず、自民党内で支持を失い、事実上失脚しました。仮に菅首相が大会を中止し、国力を新型コロナ感染対策に注力していたら、名宰相として歴史に名を遺したのではないでしょうか。大会後に読売新聞が行った世論調査で、「オリンピックを開催してよかった」との回答が6割を超えました。物事の優先順位を正しく判断できない国民、国家の未来は現在進行形で危機にさらされているのです。

ジャーナリスト 後藤逸郎
ごとう・いつろう―1965年生まれ。金沢大学法学部卒業後、1990年、毎日新聞社入社。東京本社経済部、大阪本社経済部次長、週刊エコノミスト編集次長などを経て、地方部エリア編集委員を最後に退職。著書に『オリンピック・マネー』(文春新書)『亡国の東京オリンピック』(文藝春秋)。

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