ZAITEN2023年05月号

【対談】佐高信の賛否両論

佐高信vs.田中均「〝戦争は外交の失敗〟ウクライナ問題で問われる日本の役割」

カテゴリ:インタビュー

たなか・ひとし―1969年京都大学法学部卒業後、外務省入省。オックスフォード大学政治経済哲学科卒業。北米局審議官(96-98)、在サンフランシスコ日本国総領事(98-2000)、経済局長(00-01)、アジア大洋州局長(01-02)を経て、2002年より政務担当外務審議官を務め、2005年8月退官。同年9月より(公財)日本国際交流センターシニア・フェロー、2010年10月に(株)日本総合研究所 国際戦略研究所理事長に就任。2022年12月より国際戦略研究所特別顧問。2006年4月から2018年3月まで東大公共政策大学院客員教授。著書に『見えない戦争』(中公新書ラクレ)、『日本外交の挑戦』(角川新書)、『プロフェッショナルの交渉力』(講談社)、『外交の力』(日本経済新聞出版社)など。

佐高 
田中さんはどのようなきっかけで外交官を志したのですか?
田中 私は京都出身なのですが、京都の人間はひねくれてるというか反権力なんですよね(笑)。「権力が100%正しいと受け止めるのは間違い」という感覚で育ってきたのが素地にありますが、一番は父の影響です。私は戦後生まれですが、父は戦前、商社で働いていて、ペルーでスパイ容疑で捕まりました。でも、父はスパイ活動をしていたわけではなくて、当時アメリカは自国の捕虜と交換するために日本人を色々な国で捕まえていました。そんな時代背景もあり、ペルー当局に捕まった後にアメリカの強制収容所まで連れて行かれました。サンフランシスコのアルカトラズ島で尋問を受け、テキサスの収容所に入れられました。捕虜交換で日本に帰国後に今度は赤紙で招集されました。戦争末期だったので、すぐに戻ってきましたが、父の中に国に運命を左右されたという思いが色濃く残ったらしく、「運命を左右されるのではなく、運命を左右する側になれ」とよく言われました。
佐高 壮絶な体験ですね。

田中 戦争は一定のシナリオで組み立てられていて、アメリカはいろんなことを考えていました。その当時は日本人を捕捉しようというプロジェクトがあったんじゃないですかね。将来の捕虜交換のために。そういう目に遭った人はたくさんいたみたいですよ。

佐高 そういうことはあまり知られていないですよね。

......続きはZAITEN5月号で。

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