ZAITEN2023年12月号
「国家は間違える」ことをその身に刻むべし
【特集1】厚労省・医系技官による「コロナ禍失策」という敗戦(医師 上 昌広)
カテゴリ:インタビュー
かみ・まさひろ―医師。医療ガバナンス研究所理事長。1993年東京大学医学部卒、東京大学医学部附属病院にて内科研修医となり、95年東京都立駒込病院血液内科に勤務。99年東京大学院医学系研究科博士課程修了、虎の門病院血液科医員に。2001年から国立がんセンター中央病院薬物療法部の医員も務め、造血器悪性腫瘍の臨床と研究を行う。05年東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンス、メディカルネットワークを研究。16年より現職。おもな著書に『医療詐欺「先端医療」と「新薬」は、まずは疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『ヤバい医学部 なぜ最強学部であり続けるのか』(日本評論社)など著書多数。
―著書『厚生労働省の大罪』(中公新書ラクレ)ではコロナ禍における政策の問題について「医系技官」の存在を指摘しています。
医系技官とは、厚生労働省のほか内閣官房や一部の省庁、各都道府県に配属される総勢約300人の医師免許を持ち保健医療に関わる制度づくりの中心となるキャリア官僚(技術系行政官)です。
彼らのキャリア官僚としての最大の特殊性と問題点は、医師国家試験に合格していれば、つまり医師免許があれば国家公務員試験が免除されるということです。 医師と官僚という職務は本来非常に相性が悪い関係といえます。古代ギリシャの時代まで遡りますが、当時ヨーロッパではプロフェッショナル(専門職)に位置づけられたのは、聖職者、法律家、そして医師で、中世にはそうした専門職業者を養成する大学が生まれました。彼らに共通するものは高度な専門的な知識を駆使して、クライアントの要望に応える点です。そして、その専門性の行使において高い自己規律が求められます。この概念は現代の日本の医師にも繋がるもので、常にクライアント(患者)のために、その同意が許す限りあらゆる医療行為を行い、命を救い、健康を守ります。
一方で、日本では、明治維新以降、国家の官僚機構を構築するための法律家の養成機関として東京大学法学部のほか私立の法律学校が設立されました。その中心となったのは明治大、法政大、中央大、専修大、日本大の前身校です。
官僚機構における役人の養成を目的とした教育機関出身者は、前述のプロフェッショナルとしての法律家とは異なる概念の存在です。現代においても、彼らは市井の民、国民という個人の権利に対してではなく、官僚機構という国家の組織への奉仕を優先する存在といえます。
医系技官は、本来クライアント(患者)を最優先すべきプロフェッショナルであるはずの医師が、官僚機構に奉仕する役人として機能するという歪な存在です。官僚機構に奉仕し、公衆衛生という行政を担うべき官僚は、本来医師が担当すべきではありません。なぜなら医師が行う医療行為と国家による政策は利益相反になるためです。国家の政策の基本理念といえる「最大多数の最大幸福」を理由に、医師が目の前の患者を救えないなどということは本来あってはならないことなのです。 ですが、コロナ行政のなかで医系技官は医師でありながら目の前の患者よりも「保健所や医療機関のひっ迫を避けるために、PCR検査の実施を控える」ことを優先し、官僚機構の保身という負の側面が露呈しました。
事程左様に、公衆衛生という行政を担う官僚は、むしろ医師でないほうが適切です。その概念が19世紀のイギリスにおいて、資産階級が上下水道を整備したことで普及したように、ある種の合理性を機能させるためには、官僚が医師であることはむしろ不都合なはずです。
―医系技官の特殊性と問題はほかには何がありますか。
医系技官は自己都合で退職しない限り、ほぼ全員に「指定職」のポストが用意されている点です。指定職とは、民間でいえば役員クラスの幹部国家公務員のことで、給与や退職金も民間の役員報酬をもとに設定されます。事務次官級のポストである医務技監のほか、保健局長などの局長ポストなどがそれに当たります。「日本の統計2022」によると、約28万人の国家公務員のなかで、指定職に就くのはわずか0・3%に過ぎないですが、医系技官はほぼ全員がこの0・3%に含まれているのです。このような環境が許されているからこそ、天下りなどの利権の確保、組織の保身という官僚的腐敗が横行してしまうのではないでしょうか。
......続きはZAITEN12月号で。