ZAITEN2024年07月号
搾取の構造、公正・公平を欠く美辞麗句に隠れた「啓発ことば」の正体
神戸郁人「美辞麗句に隠れた『啓発ことば』の正体」
カテゴリ:インタビュー
『うさんくさい「啓発」の言葉』
(朝日新書)/¥870円+税
かんべ・いくと―1988年東京都生まれ。上智大学文学部哲学科卒業後、共同通信社に入社。地方支社局勤務を経て東日本大震災関連報道に取り組む。2018年から23年まで朝日新聞社のウェブメディア「withnews」にて記者・編集を担当。現在はライフワークとしてライター活動を続けている。
―「啓発ことば」とする語彙にはネガティブな要素も多分に含まれていると感じます。
私が「啓発ことば」と見なす語彙は、一般的な表記とは異なる字を当てることで、そこに別の意味や価値観を付随させるものです。 たとえば、本書でもっとも多く取り上げた〝人財〟は、本来、人材と表記します。材を財とすることで材料、経費、コストといったニュアンスを打ち消し、財産、価値、希少性・
有用性といった、よりポジティブな印象を生じさせます。言葉の発信者から受け手へという図式で捉えると、経営者や雇用主から労働者や求職者という社会的、経済的な立場が強いものから弱いものへと向けられているとの見方も出来ます。
一見すると、人材をあえて〝人財〟と表記することは、労働者や求職者に対して、「あなたたちは経営における人件費としての費用やコストではなく、企業にとって価値の高い希少な財産である」という自己肯定感を高めるような〝啓発的〟メッセージに思えます。
一方で労働者が経営上のコストであるという、一面的には事実である点から目を背けさせたり、企業にとって扱いやすく〝都合の良い〟労働者像を一方的に規定し、その枠に収まる限りにおいて、働き手を〝財産〟と見なす風潮を強めたりする側面も見て取れます。
こうした「啓発ことば」はSNSが急速に普及したこの10~15年ほどで、ネット言論空間を中心に市民権を得たように感じます。当初、新進気鋭のベンチャー企業創業者や一部のインフルエンサー、いわゆる〝意識高い系〟の就活生など限られた層が好んで用いていた一方、今や大手企業が部署名に「人財育成室」などと使うに至りました。「啓発ことば」のネガティブな面が希釈されていき、ポジティブな要素のみが肯定されているように感じてしまいます。
しかしながら、企業と個人を結びつける権力関係において作用する〝人財〟という表記は、滅私奉公を強制するブラック企業的な価値観、個人の能力だけでなく人格さえも組織の一部として矯正を促すような、就職活動における歪な新卒採用を維持・拡大する一要因となっているのではないでしょうか。突き詰めれば、強者から弱者への、意識的か無意識的かは別にした、美辞麗句を隠れ蓑にした搾取の構造があると言えます。
......続きはZAITEN7月号で。