ZAITEN2025年02月号
人道活動家の死の背後にあるジャーナリズムのリスクと意義
【インタビュー】『中村哲さん殺害事件 実行犯の「遺言」』乗京真知
カテゴリ:インタビュー
『中村哲さん殺害事件
実行犯の「遺言」』
朝日新聞出版/1600円+税
のりきょう・まさとも―福井県出身。朝日新聞福井総局長兼国際報道部員。神戸大学法学部卒業後、朝日新聞社に入社。仙台、名古屋でおもに事件や災害を担当。2023年5月から現職。著書に『追跡 金正男暗殺』(岩波書店)。
人道支援活動家で医師の中村哲氏の殺害から5年。現地で取材を続けた 記者が危険地域での報道現場の実態とその意義を語る―。
アフガニスタンで長年、人道支援に携わってきた医師の中村哲氏が殺害された2019年12月4日の事件から5年。朝日新聞の元イスラマバード支局長・乗京真知氏が事件の真相に肉薄した『中村哲さん殺害事件 実行犯の「遺言」』(朝日新聞出版)を上梓した。稀代の人道活動家は、なぜ凶弾に倒れなくてはいけなかったのか。著者の乗京氏が現地報道の現実と報道の意義を語る。
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中村哲さんを殺害した実行犯を特定できたきっかけは、21年1月15日に、「ドクター・ナカムラを殺してしまったと話している男がいる」というメッセージを受信したことでした。当初はこの情報が特別なものとは思っていませんでした。私は中村さんと彼の運転手、護衛役の警官ら計6人が殺されてから1年あまり、犯人をあぶり出そうと取材を続けていましたが、その過程で真偽不明の情報にはいくつも接し、検証の結果まったくのデタラメだった、という経験を何度もしていたからです。このメッセージにしても、そうした情報の1つではないか、くらいに考えていました。
少し違っていたのは、検証開始後まもなくして、私の取材仲間が殺害を語る人物―アミール・ナワズ・メスードに16年頃に会ったことがあると判明したことです。
国際報道のアフガニスタン担当の仕事の半分は、タリバンをはじめとする武装勢力の自爆攻撃や彼らと駐留米軍との戦闘をウォッチすることです。私達は各種の武装勢力に日常的に取材していく中でアミールにも偶然接触し、彼の写真も撮影していました。少なくとも架空の人物ではないとわかった時点で、取材の足掛かりとしては大きかったのです。
さらに16~17年頃にパキスタンのベナジル・ブット元首相の暗殺未遂事件の取材をしていた当時に入手した捜査資料を洗い直してみると、事件に関わった人物としてアミールの名が言及されていました。重要容疑者としての記録が公文書上も確認できたことで、アミールという人物の周りに垂れ籠めていた靄が急に薄まり、「これは本当かもしれない」と思うようになりました。アミールは、TTP(パキスタン・タリバン運動)というパキスタン北西部を拠点とする武装組織の一員で、組織が資金源確保のために行う誘拐のスペシャリストでした。彼が事件後、知人らに語っていた内容などからは、少なくともアミール自身は、中村さんのことも身代金目的で誘拐するつもりであったことが窺えます。彼が事件の「共犯者」と言い争っている際の動画も残っていたのですが、その内容からは、「なぜ撃った」、「殺すなんて聞いてなかったぞ!」などと彼が怒っていたのがわかります。
......続きはZAITEN12月号で。